イルピンのヤポーニツ(日本人)

家を出て、僕とアルトゥール、ダニエルの3人で街を歩く。
ダニエルはアルトゥールの幼なじみで、金髪を短く切った髪型で、ほおはふっくらとし、少し赤みがかっている。
ダニエルは英語を喋られないし、彼は少しシャイな感じだったので彼とはほとんど会話ができなかった。
アルトゥールはダニエルとウクライナ語で会話をしているので僕は周囲の風景を眺めていた。
新しい町の風景を観察するのは面白かった。

アルトゥールが僕が全く話に入れないので気を遣った。
僕は大丈夫だったので、写真を撮って時間を潰した。
ウクライナに来てからこの時点までで、僕は少なくとも500枚以上の写真を撮っていたと思う。
どれもが僕にとっては新鮮に見えたからだ。
しかしアルトゥールの両親宅で先ほど食事をしていたときの話なのだが、僕の撮ったルーダの家の写真を部屋のみんなに見せてみたら、大爆笑された。
「なんて当たり前過ぎるものをとっているのだ」という感じなのだと思った。
裏を返せば、現地の人間にとっては当たり前過ぎて気付かないことがあるのだ。
僕はウクライナ人よりもウクライナのごく日常の風景がいかに素晴らしいのかを理解できると思った。

街を歩いているときアルトゥールに何度か「すれ違う人が君を見ている」と言われた。
キエフあっても日本人はごくまれな存在であるが、田舎の人にとっては更にレアな人間となってしまう。
このとき、僕はイゥピンで唯一のアジア人だったかもしれない。

弟のジョージ

一周村を探索たあとは、アルトゥールの実家へ行った。
僕は何も聞いていなかったので、また新しい友達でも紹介してくれるのだろうという感覚でしかいなかった。
玄関で迎えてくれた人がアルトゥールの母だと言われたときはびっくりした。
彼女は「オリャ」と呼ばれており、僕はオリャとハグで挨拶した。
ウクライナでの挨拶は握手、ハグが一般的である。
女の子同士や、親しい女の子からは、ほおにキスというのもアリらしい。

アルトゥールの弟のジョージも紹介してもらった。
ジョージは5歳で20歳のアルトゥールと比べてかなり年の差がある。
ジョージが今より小さいときは、アルトゥールがベビィシッターをしていたこともあるそうだ。
ジョージはアルトゥールを見かけると、彼のもとにかけより、彼の長い足に抱きつく。
アルトゥールはジョージをくすぐって、ジョージを喜ばせていた。
僕はジョージの写真を見たことがあったが、実際に会ってみると見た目以上に愛嬌があってとてもかわいかった。
ジョージの部屋の中は、大量のおもちゃが散らかっており、至る所にブロックで作り上げられたタワーが立っている。
もともとアルトゥールの部屋だったが、彼がルーダの家で下宿を始めるときに、部屋をジョージに譲ったのだった。
おもちゃの多くはアルトゥールのお下がりである。

ジョージはとにかく人懐っこい。
初対面の僕に対しても何のためらいも感じていない。
英語は学校で少し習っているが、ほとんど通じないので、おもちゃを使ってジョージの遊びに付き合う。
学校のテキストを見せてもらったが、日本の小1の段階ですでに日本の中1の始めに習うような短い会話文をやっていて、英語に関してはウクライナのほうが進んでいると感じた。
アルトゥールいわく、ウクライナの子どもはアルファベットに慣れていて、日本の子どもと違って1からアルファベットを覚える必要がないからだという。
それにもかかわらず、ウクライナで英語を話すことができない人が多いのは残念だと不満を言っていた。

ジョージは現在天体に興味を持っており、お気に入りの惑星の図鑑を見せてくれた。
くすぐりとても弱く、くすぐられるととても喜ぶ。
猫の真似が好きで「ミャー」と高い声で鳴く。

しばらくジョージと遊んでいたら、夕食の準備ができたとのことでキッチンに招かれた。
テーブルには黒パン、ソーセージ、焼いた豚肉が並んでいた。
席に座って準備が整うまで待っていると、アルトゥールの知り合いのダニエルと3,40歳くらいの女の人がやってきた。
おそらくオリャが招いたのだろう。

食事をしながら、僕は周囲の人たちの喋っている様子を観察していた。
まともに英語を話せるのはアルトゥールしかいないので、会話はウクライナ語で交わされていて、僕は何を話しているのかは分からない。
しかし確実に僕のことを話していることは分かった。
「日本」を意味するウクライナ語「ヤポーニヤ」が聞こえてきたり、女の人が物珍しそうに僕を見ていた。
女の人は自分の分かる限りの英語を絞り出して"How old are you?"と聞いてきた。
僕は21で実はアルトゥールよりも1つ年上なのだ。
東欧系の顔は大人びて見えるので、日本人の感覚で行くと、3,4歳は実年齢よりも年上に見える。
なので見た目からするとアルトゥールは25くらいにみえてもおかしくない。
そんな感じなので僕の年齢がいくつなのかはとても興味があったようだ。

僕はあまり喋らない代わりに、隣にいたジョージをくすぐったり、カメラで撮ったりして遊んでいた。
ジョージは僕が何か反応するたびにキャッキャと喜ぶので、とてもおもしろかった。
食後はあまーいトルコのお菓子と、にがーいターキッシュ・コーヒーをいただいた。
甘さを苦い飲み物で相殺するのがトルコのスタイルなのだそうだ。

家を出るときにジョージからお土産をもらった。

チェストナッツを削ってキノコの形にしたものである。このチェストナッツはキィーヴのシンボルでもあるのだそうだ。


自然と共存する人々

少し村の中心から外れたためか、マンションのような建物は見かけられなくなった。
広い道路が延々と続いており、自転車があればどれだけ便利かと思った。
土地がとても広いため家も大きいし、家と家の間隔もとても広い。

「イルピン人は木に囲まれて暮らす」という言葉は間違っていなかった。
電柱のように真っすぐに伸びた木々があらゆる場所に規則正しく並んでいる。
木々の隙間に雑草はほとんど見られず、間から遠くの風景が見通せてしまう。
公園の様子
チェルノブイリ原発事故のときに
働いて亡くなった消防士の像
住宅地の通り
民家

イルピンの風景

「イルピン人は木に囲まれて暮らす」と言われる。
それほどたくさん木があるのだそうだ。
本当かどうかは、自分の目で確かめるとする。

バスがターミナルに到着する。

キエフとは少し雰囲気が違う。
大きな建物が少なく、閑散としている。
バスターミナルの真ん中でバス待ちの列があった。
いつも大体あの辺りにバスが来るのだろう。

僕はアルトゥールと一緒に周辺を歩き出した。
第二次世界大戦で亡くなった村人の慰霊碑
City hall(市役所)
遊具で遊ぶ子どもたち
キエフとは違った雰囲気の道
アルトゥールの通っていた学校
市場の様子①
市場の様子②

アルトゥールの実家へ

2011/9/15日(木)

今日はアルトゥールの故郷であるイルピンに連れて行ってもらった。
イルピンには彼の両親と弟のジョージが住んでいる。
アルトゥールは大学の近くにある、祖母のルーダの家に下宿しているのである。

いつも通り遅くまで寝て、昼過ぎに出発する。
メトロに乗り、途中でイゥピン行きの列車に乗り換える予定だったが、列車が工事中とのことで、再びメトロに乗ってレッドラインの西の終点で電車を降りた。
キョート・パークに行くときに東の端まで行ったので、レッドラインはコンプリートしたことになる。



メトロを降りて地上に出ると、
いつも感じていたことだが、少し空気が埃っぽい。
こちらに来てから鼻と喉の調子が良くない。
季節の変わり目で、風邪を引きやすい時期なのだそうだ。

マルシュルートカと呼ばれるバスに乗った。

マシュートゥカの中は清潔だった。
都市部を出ると、道路の両側は背の高い松林に囲まれている。
そのような風景が延々と続く。
アルトゥールに、ウクライナの生活に慣れてきて、いままで奇妙に見えていたものが、今では普通になってきたということを話した。
"Boring 退屈か"と聞いたが、そんなことはない。
今でも十分楽しいし、慣れてくることで感じる良さがある。

キエフ郊外に出るのはこれが初めてである。
イルピンに着くのが待ち遠しかった。


特集:日常でよく使うウクライナ語

僕はウクライナに来る前に、キリル文字とアルトゥールに教えてもらったウクライナ語講座のサイト(YakuSuウクライナ語講座)で簡単なフレーズを覚えてきた。
ここではウクライナ語の簡単なフレーズと、ウクライナ生活を通して役に立った言葉を紹介する。

〈よく使うフレーズ〉

ドーブリデーニ :
「こんにちは」の意。
「ド」と「デ」を少し強く発音する。
初めて会った人にはこれが無難かもしれない。
「おはよう」は「ドーブリアラーノク」、「こんばんは」は「ドーブリヴェイチル」と言う。
「トーブリ」は"Good"という意味で、発音もこのまま発音して全然伝わる。


スマッシュノ :
「おいしい」の意。
「マ」を強めに発音する。
いつも料理を作ってくれるルーダへの感謝の気持ちを伝えるためにこのフレーズを覚えた。
「スマッシュノ」は一般的な言い方でどんな料理に対しても使えるが、ウクライナ語にはドイツ語のように男性、女性、中性名詞が存在するので、名詞によって言い方が変化する。
例えば、ビールは男性名詞なので「スマッシュナ」、ピザは女性名詞なので「スマッシュニ」になるのだそうだ。
男性、女性、中性の区別の仕方をアルトゥールに聞いてみたことがあったが、ネイティヴの感覚がないと難しいようだ。
ちなみに、新しい言葉は言語学者によって判別され、日本食は女性に分類されるのだという。

ナドブラーニチ :
「おやすみ」の意。
これを寝るときにアルトゥールに言ったらなぜか爆笑された。
やはり外国人が日本語を話しているのを聞くと、どこかおかしく感じるのと同様に、自分では気づかなかったが、おかしな発音をしていたのかもしれない。


〈よく耳にしたフレーズ〉

オペレージュノ :
「気を付けて」の意。
メトロ車内のアナウンスで耳にする。
「プザタ・ハタ」に行ったとき、ウエイターが客にぶつかりそうになったとき「オペレージュノ」と言っていた。
日本の感覚でいう「失礼します」の意味に近いのだろうか?

ドーブロホドニャー :
「こんにちは」の丁寧語。
アルトゥールが街中で人に話しかけるときに使っていた。
初対面の相手に対して敬意を払う。

ウクライナの中の日本

夕日が綺麗なオレンジ色に輝いているころ、アルトゥールは「キョート・パーク」に行こうと言い出した。
キョート・パークとは、キエフと京都との友好の証として作られた公園である。
日本人にはあまり知られていないが、ウクライナは日本に好意的である。
ウクライナでは現在空港が建設されているのだが、その資金提供を日本がしていたり、最近では東北大震災で亡くなった人を追悼するために、明かりのついた風船を飛ばすというセレモニーがウクライナで行われたということを聞いた。

キョート・パークはメトロの東の端、「リソヴァ」という駅にあった。
名がやっと駅名が読めるようになってきた。
「リソヴァ」に向かうまでの間に、メトロは地上を走り、ドニプロ川に架かる橋を渡って行った。

キョート・パークは駅から歩いてすぐのところにあった。
長い小道の両側に、とても背の高い松が立ち並ぶ。
松はウクライナでもよく見られ、とても背が高い。

しばらく歩くと、日本庭園のようなものがあり、付近には桜の苗木が植えられていた。
桜はウクライナにあるらしいのだが、日本のものより色が白いのだという。

松に囲まれ、石で囲まれた日本庭園風の池もある。

まるでウクライナの中の日本のようだと思った。

日本チックな池の周りにウクライナ人というのは、意外に絵になっていた。

僕らは公園の奥まで歩き、遊具の近くにあるベンチで休んだ。
平日にも関わらず、家族で過ごす人たちをたくさん見かけた。
幼稚園か小学校低学年くらいの男の子の兄弟が遊んでいるのを両親がベンチに座って眺めている。
見ていて温かい気分になる。
時刻は午後7時を回っていたが、ウクライナでは日が沈んでから暗くなるのが遅いらしく、ほんのり暗い程度である。
アルトゥールに聞いてみると、ウクライナでは仕事は9時から始まって夜6時に終わるのが普通なので、このように平日であっても家族団らんのときを過ごせるのである。

ウクライナ人は恋人や家族と過ごす時間を大切にしていてとてもいいと思った。
ベンチでカップルたちが静かに2人の時間を過ごしているのをよく見かけたりする。
ウクライナ人はゆっくりしているとアルトゥールに話すと、そんなことはないと言われた。
忙しいときもあるのかもしれないが、日本と比べると(また使ってしまった)ゆっくりしていると思う。
夜8時ぐらいの公園内の風景
明かりがつき始めた
日を追うごとにウクライナが好きになっていく。
家に帰り、晩ご飯は茹でたマカロニ、白パン、トマト、ハンバーグのようなものを美味しくいただいた。