美しいキエフの町並み

今日行ったところは今まで行ったことがなかった。
アルトゥールでさえ初めてだという場所もあった。
キィーヴの街の大きさを改めて感じた。
とても古い教会
築1000年くらい
お土産を売っている人がたくさんいる
ウクライナの伝統工芸品
とてもゴージャスな教会
メルヘンな遊具
友達に自分のプロフィール写真を
撮ってもらっているところ
公園の近くにあった建物
キィーヴの街
ここからの眺めも最高
使ってもいいのだろうか?
カラフルな建物
この辺りは高級住宅街らしい
高級住宅街その2

いちいち日本と比較しなくなってきた

ヴァレリアは英語のレッスンがあるといので、駅まで一緒に行った。
アルトゥールの通っている大学の学生は個人差はあるが全員が英語を喋ることができるらしいという。
しかしだからといっても大学では英語の授業は学年が上がるとなくなるので、さらに英語を学習し続けるためには、彼女のように個人的にスクールに通わなければならない。

彼女を見送ると、2人で街歩きを再開する。
ウクライナに来たときは、街を歩くと常に驚きと発見の連続だったが、数日たった今では大分慣れてきて、前よりは驚くことが少なくなってきた。
全てが"Strange 奇妙"に見えていたものが、今では"Usual 普通"になってきている。
歩道がでこぼこなのは普通、街の風景もこれが普通、あちこちで渋滞が起こっているのも普通、アジア系の人がほとんどおらず、白人ばかり、190cmを超えるような男を見かけるのも普通、食べているものも普通。

目に映るものが全て普通に見えてきた。
ウクライナに来た当初は、それらを全て「日本」という基準に照らし合わせて眺めていた。
だから僕は来た当初、「日本と比べて○○だ」とか「日本ではどうだ」という発言をよくしていた。
今でもウクライナと日本との違いを言うときには使っているが、それを言う頻度は大分減った。
ウクライナ人の友達の家で暮らし、ウクライナ人と同じものを食べ、ウクライナ人とお喋りをし、ウクライナ人のようにメトロに乗り、ウクライナ人のように昼近くまで眠るといった生活を送ることで、自分もウクライナ人のようになってきているからなのかもしれない。
今ではウクライナに染まってきて、自分は"Stranger"だとか"Foreigner"だという感じがあまりない。

「普通だ」というのは悪い意味ではない。
あらゆるものが"Usual 普通"になってくると、
だんだん"Comfortable(心地よい)になってきた。
街の風景

アルトゥールの友達とも一緒に

アルトゥールの待っていた友達というのはヴァレリアという大学の同級生だった。
ウクライナでは男女で食事に行ったり、遊びに行くことはごく普通のことなのである。
もし日本で同じように男の子が女の子を遊びに誘ったりしたら、彼は彼女に気があるのではないかと思われるのではないだろうか?
そのことをアルトゥールに話すと彼は"complicated(複雑だ)"と言った。
ヴァレリアとは前にアルトゥールと一緒に大学に行ったときに会っていたようなのだが、覚えていなかった。
一度に多くの友達を紹介してもらい、顔と名前が一致していなかった。
しばらくすると彼女がやって来た。顔を見ると確かに見覚えがあった。

メトロに乗って移動し、トローリーバスに乗る。
天井から長いアンテナのようなものが付いていて、道路の上にある電線の様なものを伝って走るバスである。
アルトゥールやヴァレリアは普段の生活ではあまり使わないらしい。
お年寄りは無料で乗れるので、よく利用するそうだ。
料金は1人1.5フリブナ(15円)。
買い方はアルトゥールに任せていて詳しくは分からなかったが、バスの真ん中に立っている、ふてくされた顔をしたおじさんに料金と引き換えにチケットをもらう。
おじさんは僕の目から見ると、他の乗客と大して変わらぬ身なりをしていた。
もし僕1人でトローリーバスに乗ったのなら、お金の払い方に困っただろう。
チケットを貰ったら、車内のポールに付けられた穴開けパンチでチケットに穴を開ける。
降りるときにそのチケットを提示する必要はないので、乗客がちゃんとお金を払っているかというチェックが甘いように思われた。
満員の車内でふてくされたおじさんのとこまで行くことができない、という人は隣の人にお金を回してもらってチケットを手に入れれる。

僕とアルトゥールとヴァレリアの3人で、教会に行った。

ウクライナではウクライナ正教が主流なため、屋根が丸くてその上に十字が立てられた建物がたくさんみられる。
カトリック、プロテスタントとは違った趣がある。

キリスト教が伝わる前はペガニズム(自然崇拝)が主流だった。キリスト教により駆逐されてしまったが、現在でも、その名残として、トーテムポールのようなものを市内で見かけた。

正教といえば「ギリシャ正教」が日本でも有名だが、ウクライナ正教とは別物らしい。
ギリシャ正教が正教のなかで大きな地位を占めているの確かだが、一部の正教教会ではウクライナ正教会のように自治を行ってきたものもあるようだ。

教会の入り口で、ヴァレリアは頭巾をかぶる。
建物の中の構造は前に見た教会とほぼ同じで、壁や天井にキリストやマリアにまつわる絵画が描かれていた。
外の世界とは隔離された静かな空間である。
絵画を眺めていたが、聖書の知識が全くない人間なため、描かれている人物が誰で何を表しているのか全く分からなかった。
それよりも、よくこのような派手な教会が街の至る所にあり、誰が維持費を負担しているのか気になった。
教会を出てから2人に聞くと、教会はいまでは一種のビジネスになっているらしい。

ここの教会の向かい側にも別の教会が建っていて、横断歩道を渡って歩けばすぐのところにある。
ここは入場料をとるらしいので中には入らなかったが、教会の前にある広場の真ん中に、馬に乗った男の像が建っていた。
ウクライナの部族の長らしい人で、彼は右手にコンボウのようなものを持っている(写真では隠れてしまっている)。
コンボウは指揮をするための軍配うちわみたいなものらしい。
コンボウの指し示す先にはモスクワがあり、ウクライナの学者はそれはロシア(旧ソ)からの独立の象徴であると解釈する一方で、ロシアの学者はモスクワを示すことはロシアとウクライナの協調の証であると解釈しているのだそうだ。

思ったより居心地がよかったため

僕はアルトゥールに1人で外出し、近場をうろついてもいいかと聞いてみた。
僕は午前中にずっと部屋にいて、少し退屈さを感じていた。
昼からは外に出たいなといっても、昨日少し体調が悪いと言っていたアルトゥールに無理をさせたくはなかったからだった。
アルトゥールはあまりいい顔をしなかった。
僕が1人で外出するのは危険だと思っていた。
今日もどこかに連れて行ってくれるみたいだった。
体調は大丈夫か聞いてみたら、良くなってきていると言われた。

当初考えていた「自力でウクライナの主要都市を回っていく」というプランは無理そうに感じた。
ウクライナはあまり観光客のために街が整備されている感じがない。
首都のキエフでさえ英語で書かれた案内板は少ないし、英語ができる人も少なそうだ。
スムーズにウクライナ旅行がしたければ、ウクライナ語かロシア語が必要なのではないかと思った。
それにキエフ市内だけであっても、見ていない場所がたくさん残っていて、アルトゥールが紹介したいらしいので、このままキエフにずっといるのも悪くないと思った。

ウクライナに来て4日目。
自分の進歩がいろいろなところに見られた日で、それに気づくたびに嬉しくなった。
家から最寄駅までの道を覚えられたり、メトロの駅を覚えていたり、キリル文字が少し読めたりした。
そのたび、子供のような喜びを感じた。

僕たちはメトロを降りた。
プラットホームで、アルトゥールの友達を待つ。

にんにくは生で食べるものなのか?

2011年9月14日(水)

今日も少し遅めに起きて朝食を食べる。
食事にも慣れてきた。
いつも同じようなものを食べているのに、いつもよりも美味しく感じた。

朝食後はパソコンチェックし、昼食まではアルトゥールと話をする。
アルトゥールは日本好きで、日本のドラマや音楽、映画、アニメなどに興味を持っている。
彼はAIKOが好きらしく、彼のお気に入りの動画をYoutubeで見せてもらったが、AIKOが他のアーティストの曲をカヴァーしたものだった。
オリジナルの曲を見せてあげたくて、探してみたが見つからなかった。
家でゆっくりするよりも、外に出掛けたかった。

キッチンの改修工事が終了し、キッチンで食事もできるようになった。
昼食にはルーダの手作りボルシチが出た。
ウクライナ語では「ボーッシュチ」と聞こえた。
赤色のスープにはクリームが入っていて、混ぜると淡いピンク色に変わる。
刻んだテーブルビートがたくさん入ったボルシチはとても美味しかった。
チーズのふたに乗っているのは、皮をむいただけのニンニクである。
しばらく様子を見ていると、アルトゥールは無造作にニンニクを口に運んだ。
平然とした顔をしている。
郷に従い、僕も真似してニンニクをひとカケ口に入れる。
ウクライナのニンニクはそこまで辛くないのかもしれないという僕の考えは鮮やかに裏切られた。
何回か噛むと、ニンニクの辛みが舌の奥から湧いてきた。
苦辛さをボルシチで薄めようとした。
涙が少し出た。
僕のもだえる様子を見たアルトゥールは"unpredictable(予想外)"だと言った。

アルトゥールがニンニクを食べてもどうにもならないのが不思議で、ニンニクをセカンドトライしてみたが、舌の上の惨事を繰り返したに過ぎなかった。

特集:迷わずメトロに乗る方法3

これはキエフ市内を通るメトロの路線図である。
赤、青、緑の3本のラインに分かれている。
色が重なっている部分は乗り換えできる駅である。
駅名はウクライナ語と英語で表記されているが、発音が難しい。

メトロの方面を確かめるためには、ホームの壁を見る。
端に書かれている現在駅を起点に、駅名が書かれている方向へ進む。
上の写真の場合、左側に進んでいく。
右下の赤や緑の表示は乗り換えを表している。

メトロに乗っていて感じたことは、人の顔をよく見るということだ。
エスカレータに乗っていると、逆方向のエスカレータに乗っている人とよく目が合った。

特集:迷わずメトロに乗る方法2

メトロを利用して気付いたことを書き連ねていく。

〈出入り口を通るときは〉
メトロの入口にはガラス製の扉がある。
列車が通った風圧により、扉が絶えずパタパタ動いている。
扉を通るときは、後ろに人がいないか気を付け、いた場合は扉を持ってあげるのがマナーである。
気遣いという意味もあるが、扉の跳ね返りが強いので、持ってあげないと危ない。

〈エスカレータが〉
エスカレーターが非常に速い。
日本の感覚でいうと、エスカレーターを歩いて登るくらいのスピードはある。
余りにも早いので、足の悪いお年寄りはついて行けないのでは。
メトロのエスカレーターでは歩く人はほとんど見かけない。
メトロはすぐに来るので、急ぐ必要もない。

手すりと足場のスピードが一致していない。
手すりの方が先に行ってしまい、ときどき手の位置を戻さなければならない。

メトロの駅は地下の深い場所に作られている。
旧ソ連時代の地下道をもとに作られ、空爆があっても耐えられる構造にしたからだ。
噂によると、キエフ市内には未発見の地下道がいくつもあるらしい。

メトロで1番深い駅は「アルセナールニャ」である。

地下150mまで、高速エスカレータで降りる。

〈日本の感覚では通用しない〉
メトロの仕組みはシンプルである。
線路はプラットフォームの両側に1車線ずつしかない。
全て各駅停車である。
トンネルの上に時計と前のメトロが出発してからの時間がカウントされている。
メトロは通常3~5分刻みで、ラッシュ時は1分刻みで来る。
あくまで目安であるが。
駅員などはおらず、アナウンスもない。
トンネルを通ってやって来るメトロの「音」と「風圧」でメトロが来たことを感じる。
停車位置もだいたいで、メトロに人が合わせる。

車内でのアナウンスはすべて録音で、男の低い声が流れる。
出発のベルはなく、勢いよく扉が閉まり、急発進する。
基本的にメトロは人に合わせない。

日本のように駆け込み乗車をする人はいないし、メトロが満車なら次の電車を待っている人も多い。

〈アルトゥールのレディファースト〉
アルトゥールは車内に人が多いときは、席が空いたとしても決して座らない。
女性やお年寄りが先に座るべきだと考えているからだ。
女性はヒールを履くことが多いのも理由だそうだ。

ウクライナでは、レディファーストが徹底されていると思う。
男性が扉を持って、女性を先に通すという光景も、よく見られる。

特集:迷わずメトロに乗る方法1

メトロはキエフで重要な交通手段である。
今回はメトロに乗ったときの様子を写真で紹介する。
まずメトロの入り口を探す
緑色の「M」のマークが目印
地下通路を通って下のような入り口を探す
このような売店がたくさんある
入り口(ヴヒドゥвхід)
出口(ヴィヒドゥвихід)と間違えやすいので注意
チケットを買う
改札口を通って
エスカレーターで地下へ
プラットフォーム
進行方向を確認
メトロが来た
車内の様子
ラッシュ時ではないため空いている
出口(ヴィヒドゥвихід)と書かれた方向へ進む
エスカレーターに乗って地上へ
出口で切符を機械に通す必要はない

おしぼりと水がタダなのは日本くらい

夕食はピザ屋に連れて行ってもらった。
アルトゥールのお気に入りらしい。

こじんまりとした入り口を通って店内に入り、ウエイトレスに案内された席は、テラスにあった。
日本のように紙おしぼりや、水のサービスはない。
ウクライナでは普通である。
やはり日本の接客のレベルは高いのだと感じた。
アルトゥールオススメのパイナップルのピザを注文した。
ピザが来るまで飲み物を飲んで待つ。

テラスの中には、入り口付近のテーブルでなにやら盛り上がっている中年の男女4,5人、真ん中のテーブルに中年ぐらいの男が2人、入口と反対側にあるテーブルにカップルがいた。
ウクライナに来てからやたらとカップルを見かける。

「女性は男性と思考回路が違うから、男には女性の行動がよく分からない」
アルトゥールはときどき「女性哲学」を語る。
カップルはテーブルに向かい合うように座っていて、見つめ合っていた。

中年の男2人組は英語を話していた。
旅行者かビジネスマンだろう。

ようやくピザが来た。
直径40センチはあると思った。
トマトソースの上にベーコン、パイナップル、チーズがトッピングされていた。
ドリンクを付けて値段は160フリブナ(1600円)。
日本では同じ値段で小さいサイズしか買えないのに。

1切れだけでも取り皿を覆い尽くさんばかりである。
決して皿が小さかった訳ではない。
2人で半枚ずつ食べた。
日本にいるときよりも多く食べている。
「腹が減っては」
というやつだろうか。

割り勘にしたかったが、アルトゥールがおごると引き下がらなかった。
160フリブナはウクライナの物価にすると、決して安くはなかった。
ウクライナで未だにお金を使っていない。

食事代の5〜10%ほどのチップ払うのがレストランでのマナーである。
店を出るとき、アルトゥールはフリブナ札に重しをして、テーブルに置いた。

キエフと各地を結ぶ駅

セントラル・ステーションに行った。
キエフからリヴィヴ、モスクワなどへ通じる鉄道が走っている。

非常に大きな駅で、内装も美しい。

チケット売り場には行列ができている。

プラットホームにも行ってみた。
京都銀行のCMに使えるくらい「ながーーーい」車両だった。

裏側の入口近くにあったオブジェ。


駅周辺はどこへ行っても白人ばかりで、アジア系の顔すらほとんど見つからない。
このような環境に大分慣れてきた。
鏡を見ないと自分がアジア人だということすら忘れてしまいそうである。

日本にいるときに立てた計画では2,3日キエフに滞在し、西方の都市リヴィヴに行き、南方のオデッサにも行こうと考えていた。
しかし、アルトゥールは僕の計画に賛成ではなかった。
セントラル・ステーションからリヴィヴに行けるが、10時間はかかるらしい。
チケットを予約する必要もあるという。

1人旅をしたいという気持ちもあったが、少々無謀な感が否めなかった。
ガイドブックは一切持ってないし、英語が通用するところが思ったより少なかった。
案内板は基本ウクライナ語かロシア語で書かれている。

アルトゥールにキエフの街を案内してもらい、ルーダにご飯を食べせてもらって、洗濯までしてくれている生活に、何ら不自由はなかった。

これがウクライナの出会い(恋愛)スタイル

アルトゥールはときどき咳をしている。
僕の体調も万全ではない。
昼夜の寒暖差があるこちらの気候に体が慣れていなかった。
日本の9月中旬は、秋の気配はする一方で、残暑の厳しさが残っているもの。
日本のように半そで半ズボンで寝ていたら、明け方に目覚めてしまい、手足が冷たくなっていた。
その日から鼻水、くしゃみが止まらない。

背の高い樹がいくつも立っていて、直射日光を遮っている。
広々とした公園を散歩したり、ベンチに座って自然を眺めるのは心地いい。
日本のように湿度が高くないため、木陰に入ると急に暑さが和らぐ。
木々の隙間から吹き込んで来る風が肌に当たり、適度な涼しさと緑に囲まれ癒される。

遠く離れたベンチにカップルが座っていた。
人目を気にせずにいちゃつくので、すぐにわかる。
平日の夕方にも関わらず、多くのカップルを見かけた。
日本のように公の場で自粛する感じが全くない。
メトロの中やエスカレーター上でキスをしていても、お構いなしである。

ウクライナはカップルが多いという話をしていたら、アルトゥールに、人と目を合わせることができるか聞かれた。
日本で相手の目を長く見ることはないと思う。
目上の人を凝視することは失礼だと思われることさえある。

ウクライナではアイコンタクトは失礼にはならないし、すれ違う女の子を見つめて向こうがスマイルを返したら、自分に気があるサインなのだそうだ。
僕はそんなに単純に考えて大丈夫なのかと思った。
日本だと本音と建て前があるので、愛想笑いに過ぎないこともある
彼曰く、ウクライナ人は感情表現がストレートなのでスマイルは「好意」と考えていいのだそうだ。
歩いているときに自分にスマイルを向ける子を見つけたら、飲みに誘うこともできるそうだ。
ごくまれに女の子から話しかけてくるケースもあるらしい。

メトロから降り、人ごみを抜けてエスカレーターを上っているとき、アルトゥールに「君を見てスマイルをしていた子がいた」と真顔で言われた。
全く気付かなかった。
ウクライナの女性はウクライナの男性が好きなのだが、アフリカ系やアジア系を好む子もまれにいるのだという。
今度からすれ違う人の顔を見ようと思った。

ウクライナの国民性

アルトゥールはようやくおじいさんと話し終わったり、公園から出発する。
歩いているときに、ウクライナの国民性について話してくれた。

ウクライナ人はウクライナ人同士だけでなく、外国人に対しても親切な国民らしい。
それはウクライナが過去にポーランドやロシアに侵略されてきたにも関わらず、ウクライナ人はお互いに協力して、自分たちの言語や文化を守り抜いて来たからだという。
たとえ外国人であっても、困っている人がいれば快く手助けするというのである。

僕がこれまで接して来たウクライナ人の人々は、とても親切で、予想以上にフレンドリーだった。
偏見かもしれないが、人々の表情を見ても穏やかな顔をしている人が多いように思われる。

アルトゥールは風邪気味で、少し体調が良くないので、別の公園へ着くと、ベンチで休憩する。
公園の中
ポニーにも乗れるらしい
信号を待つ人々


紅のタラス・シェフチェンコ大学

アリーナと別れたあと、街中に探索に出かける。
今日はどこに連れて行ってくれるのだろう?

メトロに乗り、街を歩いて行くと、巨大な教会が建っていた。
ウクライナの主な宗教はウクライナ正教で、円形の屋根の上に十字架が飾られているのが特徴的である。
キエフ市内には多くこの種の教会を見かける。

建物の中に入ってみた。
とても静かで、薄暗く、厳かな雰囲気がした。
ろうそくの微かな光で、壁や天井にはキリストや、マリアの絵画が照らされていた。
アルトゥールは特別信心深い人間ではないが、教会を出るときには十字を切っていた。
日本人が仏の前で手を合わせるように、最低限の礼儀作法なのだろう。

次に歩いて向かったのは、タラス・シェフチェンコ大学。
ウクライナ最高峰の大学である。
ここを卒業した学生の多くは官僚となり、ウクライナの国政を担っていく。
ただ、現在ウクライナでは政治家の汚職が横行しており、アルトゥールは、将来の政治家を輩出していくこの大学にいい印象を持っていないようだ。

一時期、「美人すぎる首相」として日本でも話題になったユリア・ティモシェンコ前首相も、汚職の疑いで公判中である。

タラス・シェフチェンコ大学の向かいには、タラス・シェフチェンコ公園があり、シェフチェンコの像が建っている。
彼は有名な詩人だそうだが、詳しいことは知らない。
公園のベンチでひと休みする。
ウクライナの公園はとても広くて、至る所にベンチが置いてある。
他のベンチに座っている人たちの多くは学生だろうとアルトゥールは言ったが、僕にはやはりウクライナ人は大人びて見える。
アルトゥールは隣のおじいさんに話しかけられてから、ずっと話をしているので、周りの風景を眺めたり、写真を撮ったりした。

スーパーをハシゴする

一旦家に戻り、ルーダに買ってきた物を渡すと再び外出する。
今度は別のスーパーへ。
スィゥポとは違うところで、どうやら家の周囲にはいくつものスーパーがあるらしい。
ここも基本的なシステムはスィゥポと同じで、カバン、上着をロッカーへ、ATMもある。
ここではクワスを買ってもらった。



今回買ってもらったのは「クバス・タラス」という種類で、500ml,5フリブナくらいである。
彼はクバスを2本とポケットティッシュを買い、スーパーを出ると2人でクバスを飲んだ。
味は家で飲んだ白いボトルのものよりも、パンの風味が弱めで飲みやすかった。

未だにアルトゥールにおごってもらいっぱなしである。
僕は「PLUS」というキャッシュカードを持っていたのだが、このカードに対応するATMが見つからず、お金を引き落とすことができなかった。
後に「PLUS」対応というマークがなくても、「VISA」や「MASTER CARD」対応のどこにでもある普通ATMで引き落とせることが分かったのだが。

休憩しているとき、アルトゥールが友達を見つけてこちらに呼んで来た。
アリーナという子で、アルトゥールの同級生である。
アルトゥールの友達というのはほとんどが女友達のことを指している。
ウクライナでは文系学部は女子の割合が非常に高いということを考慮しても非常に多い。

アルトゥールの通う大学では、英語のカリキュラムが充実しているようで、誰でも英語を喋れる。
アリーナに今後のプランを聞かれたが、行きたい都市は決まっているものの、具体的なプランは決まっていなかった。
キエフだけでもアルトゥールが紹介してくれそうなところは多く残っている感じだった。
アリーナとも普通に会話はできたが、もっと英語が上手ければ、もっと喋れたと感じた。

スーパの雰囲気も違う

朝食がやや遅めだったので、昼食はとらずに出掛けることに。
家の近くのスーパーへ買い物に行った。
店の名前は「スィゥポ」。
ウクライナ語で"Сільпо"と書く。
店内に入ると、まず大きな荷物はロッカーの中に入れておく。
店内にATMが設置されていて便利だと感じた。
今回はルーダにお使いを頼まれ、レモンを買いに行った。
毎食後に出される紅茶に入れるためである。
ちなみにウクライナ語でお茶は「チャイ」と言う。

野菜売り場では箱に入った野菜が山積みになって置いてあるだけで、パック詰めされているものはない。
レモンは15フリブナ(150円)と書かれていて、「1個15フリブナか?」とアルトゥールに確認してみたら、「1キロ15フリブナだ」と言われた。
どうやら野菜は全てキロ当たりで売られているらしい。
ウクライナの野菜の値段はどれも格安である。
普段食べているトマトやパプリカは1キロ5フリブナくらいにしかならなかった。

アルトゥールはレモンの山から3,4個取り出して、野菜売り場にあるはかりの前に行く。
そこには従業員がいて、重さを量って値段のラベルを貼ってくれる。

次に向かったのは野菜売り場の隣の魚売り場。
ウクライナは内陸国なので、魚は売ってないだろうと思っていたが、サーモンと水槽の中に鯉がいた。

店の奥には肉類が並んでいて、どのような肉かは忘れたが40フリブナ位の値札が貼られていたと思う。

店の真ん中部分に位置しているのはドリンク、菓子、日用品などの売り場である。
ドリンク売り場には大量の酒類が置いてあった。
日本ではビール、カクテル、チューハイの缶が売り場の半分位を占めているが、ここにはカクテル、チューハイは全く見当たらない。
ほとんどがビンで、日本よりもはるかに豊富な種類のビールが並んでいる。
色も品種によって微妙に違う。
あとはワイン、ウイスキー、ウオッカなどの酒が多く並んでいた。これは日本よりもヘビードリンカーの多い証だと考えられる。

これ以上買うものはないのでレジの方へ。
レジを待っているとき、野菜売り場と真逆に位置する側にはパン売り場があり、既に袋に入っているものと、パンがむき出しになっていて、買うときにセルフサービスで紙袋に入れる種類のものがあった。

レジの前にはガム、チョコレートなどのスティック上のお菓子がカゴに並べられていた。
売り場の構造は日本のスーパーと似ているが、日本で売っているものはほとんど見かけなかった。
レジ前のカゴでキットカットを見つけたくらいだ。

レジのテーブルにはコンベアベルトが付いており。
買うものをその上に載せて順番を待つ。
他の人のものと商品が混ざらないように、自分の商品と他の人の商品との間に置いておくための四角柱の棒が1本ある。
従業員は座ってレジをしていて、日本のスーパーのと比べると愛想がないなと感じた。
レジは女性で、彼女たちの上にはタバコの入ったケースがつり下げられてあった。
タバコは高くても15フリブナくらいだった。
街中で男女関わらずタバコを吸っているのをよく見かける。

店を出たあとアルトゥールに店員に愛想がないということを話したが、ウクライナではみんなが対等な立場であるので、店員であっても客と対等であるという考えで接しているのだという。
日本では、お客様は神様のように扱う慣習があるので、ふてぶてしく座ってレジ打ちをしている店員にクレームが来ないのが不思議だった。